sasanoha tumblr

Blog:nakolog Twitter:@sasanoha

September 19, 2014 at 11:19am
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Reblogged from ne3

ゆるしとは「相手を無罪放免にする手段」ではなく、
「自分を自由にする手段」です。

— 

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September 18, 2014 at 11:01am
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Reblogged from tessar

最も言いたいことは、 最も言いたくないことのそばにあると私は思う。

だから、表現というものは 恥ずかしさを伴うものだ。

そこで血を流して、持ち出すか、持ち出さないか。

持ち出してみて、 たとえうまく伝わらなかったとしても、 そのことで、あとで、恥ずかしさにヒリヒリしても、 私は、持ち出して、伝えてみる価値はあると思う。

たとえ、相手に「?」で、 わかってもらえなかったとしても、 「いま、この人は、そうとうの恥ずかしさをおして、 覚悟をもって、それを言ったな」ということは、 なぜか伝わっている。

— ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。 (via tessar) (via tetris) (via yangoku) (via mzdakr) (via bbk0524) (via kondot)
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11:01am
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・「屁をひりて 可笑しくもなし 独り者」
 高校生のころに、ふと知ってしまった川柳なのだが、
 なんだか、いまにいたるまでずっと好きでいる。
 
 人のいないところで放屁しても、笑うことはない。
 ぷーだか、すーだかいう音はあるだろう。
 匂いもあるかもしれない、たぶん、あるな。
 恥ずかしくもなければ、可笑しくもない。
 じゃ、と考えてみる。
 人がいるときの放屁は、どうして可笑しいのだろう。
 人の前で屁をすることは、なぜ恥ずかしいのだろう。
 
 それは、裸であるということも同じだ。
 一人暮らしの部屋で、まる裸でいたとしても、
 恥ずかしいこともないし、うれしくもない。
 そして、他の人が同じ空間にいた場合には、
 そういうわけにいかない。
 恥ずかしかったりもするし、怖さを感じるかもしれない。
 そして、そのことを前提にしたうえで、
 あえて、裸になることだってある。
 
 人って、ひとりでいると、ものすごく単純になるものだ。
 ひとりでうまいものを食って、
 「うまい」と感じることはあるだろうが、
 「うまいね」という場面がないことで、
 うまさを感じる質量は、少なくなるのではないだろうか。

 じぶんと、他の人の間を、感覚は乱反射して増幅する。
 映画なんかは、家でひとりで観るよりも、
 たくさんの人とともに映画館で観るようにできている。
 おそらく、そういう前提でつくられているように思う。
 
 ただね、他人といっしょにいる時間がすべてになったら、
 「じぶんとの対話」はやりにくくなるはずだ。
 「自問自答」というかたちで、
 じぶん自身に問いかけて、じぶんから答えを引きだす。
 このことをなくしたら、ひとりひとりの人間の、
 ほんとの「その人らしさ」は育っていかないように思う。
 屁をひりて可笑しがる時間と、屁に笑いもせぬ時間と、
 そうだなぁ、どっちもとても大事なのだろうなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「咳をしても一人」も同じだけれど、笑いはないよなぁ。

— ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次

9:39am
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Reblogged from yellowblog

浜の真砂は尽きるとも
世に俗流経済本の種は尽きまじ

— Twitter / akita_kia (via yellowblog)

September 16, 2014 at 9:26am
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・横尾忠則さんのいる河口湖に来ている。
 焼肉を食べたり卓球のまねごとをしたりしてから、
 入浴などもすませ、部屋に戻ってこれを書いている。
 ひさびさに、じぶんで運転してひとりで河口湖に来た。
 思えば、釣りをするわけでもなく、
 「釣りしないの? え、なにしに行くの?」と、
 家人が言ってたけれど、ぼくにもわからない、知らない。
 なんだかわからないけど行く、というようなことは、
 こどものときとか、若いときには、よくあった。
 だんだんと、そういうことがなくなってきた。
 
 思えば、「ドライブ」というものも、よくわからない。
 運転をすること自体が目的なのだ、という言い方も、
 なんだか「目的」ってものが強調されすぎている。
 クルマで動きたいとか、どっか行きたいとか、
 なんだかとにかくクルマに乗るんだよ、ドライブってね。
 誰を乗せているわけでもなく、用事も、到着時刻も、
 ぜんぜん気にしないで運転しているのは、楽しいものだ。
 なんだか、ちょっと前までって、
 いつも追い越し車線で走ってたような気がする。
 走行車線で、前のクルマについて走っていたら、
 あんまり疲れないのに、
 追い越し車線で飛ばしていると疲れるものだ。
 前方に目的や、用事があったりすると、
 ついつい、それに早く達したいと思ってしまうのだろう。
 
 もう亡くなっている土屋耕一さんと話したことのなかで、
 なぜか、よく思いだすことがある。
 「こう、用事ない状態でバスに乗ってみたくなるよね。
 行き先のところにさ、等々力とか書いてあるだろ。
 これに乗ってると、等々力に行くのか、なんて思うわけ」
 そんなふうなことを、たのしそうに言ってた。
 あれを言う気持ち、そのときにもいいなと思ったけど、
 いまは、もっと思うようになっている。
 人びとが、ふつうに通勤や買い物の用事で使うバスは、
 用事のない人を乗せて遊ばせてくれるバスでもある。
 そのあたりの感じが、なんだかおもしろい。
 
 用事のない河口湖の某所で、いま、ぼくは、
 この文章を書くという用事をやっているんだけどねー。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
目的っていうものに、とらわれすぎてるよね、いまって。

— ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次

September 13, 2014 at 3:19pm
42 notes
Reblogged from kotoripiyopiyo

「みうらじゅん的に生き、ナンシー関のように書ける人」 どんな風に生きたいか、目標はなにかと聞かれるとそう答えている。

— 人間フィルタリング方法論 ー どうにも通じにくい言葉たち… | Short Note (via kotoripiyopiyo)

(via kotoripiyopiyo)

September 7, 2014 at 4:00pm
325 notes
Reblogged from ebook-q

かつて、松下幸之助はこんなことを言った。 「会議で7割が賛成する意見はもう古い。7割の人に反対されるくらいの意見がちょうどよい」

— 越境せよ! 日本で絶望するより国境のない世界で稼げ / 石田和靖 (via ebook-q)

(via skamio)

3:59pm
2,485 notes
Reblogged from chikuri

「抜かば切れ 抜かずば切るなこの刀、ただ切ることに大事こそあれ」

ってね。抜いてただの脅しに使うもんじゃないんだよ。
抜いたら切る。その覚悟があってこその魂。
その覚悟もなく刀を抜いたんだから、切られても文句はいえない。
そして切るときは、必ず息の根を止める。

— 「日本人の怒り方」 レベル0:嫌味を言うニートな2ちゃんねらー日記 (via chikuri)

(via skamio)

3:58pm
367 notes
Reblogged from ozmy

自分の心が健康でなきゃ世の中のことにまで興味が持てないんだよな

— コミュ症の原因わかったwwwwwwwwwwwwwwww (via ozmy)

自分をメタ視しようとしすぎて動作が不自然になる

(via skamio)

3:56pm
1,021 notes
Reblogged from ak47

気にしすぎると、傷つく。
気にしなさすぎると、失う。

— 

https://twitter.com/girl__princess/status/483459167814832128 (via ak47)

気にするな。全部失え。

(via dante35)

(via skamio)

3:53pm
711 notes
Reblogged from ebook-q

頭のために、心をすり減らすほど愚かなことはありません。 頭は心を満たすために使うものです。

— 覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰 / 池田 貴将 (via ebook-q)

(via neroeee3)

3:53pm
2,027 notes
Reblogged from senninmemos

『人を尊敬するより自分の感動を大切にしろ』-岡本太郎

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Reblogged from biikame

名前: 名無し@ベアード  投稿日:2008年07月10日 08:52

井沢元彦が、外国人に大受けしたジョーク。
「日本人に作れない船がある。それは“リーダーシップ”という船だ」
余りの受けっぷりに、大受けした相手が心配するほど井沢氏は落ち込んだらしい。

— ベア速 ブラックジョーク書いてけ。意味わからんゆとりは昼寝してろ (via biikame)

(via neroeee3)

September 5, 2014 at 6:15pm
27 notes

思いや哲学がまずあって、暮らしを起点に、思いや哲学を表現することこそが大事なのです。

— 日本のデザインは「新しさ」にこだわりすぎる。 (3ページ目):日経ビジネスオンライン

September 3, 2014 at 8:19am
367 notes
Reblogged from breathnoir-deactivated20120117

何について思い悩むかでその人が決まると私は確信している。

— オプラ・ウィンフリー (via breathnoir)

(via yellowblog)